次の顧客はエージェント — NRF APAC 2026 AI-ready Infrastructure 編
NRF APAC 2026 を読み解く対談連載の第2回は AI-ready Infrastructure(データ整備)。AI に見つけてもらえない商品は選ばれない — SEO から ACO への4段階、無印良品の商品マスター整備、UCP への Amazon 参画まで、事業者側の備えを整理する。
時事・分析写真: 本ラボ収録ビデオ解説あり
6月にシンガポールで開かれた世界最大級のリテールイベント NRF APAC。現地で見えた5つのトレンドを、コマース領域特化型ベンチャーキャピタル(VC)・New Commerce Ventures の大久保洸平氏と読み解く連載の第2回です。
第1回は、消費者との接点が検索窓から「AI との会話」へ移るというエージェンティックコマース(Agentic Commerce)の変化を扱いました。
今回のテーマは、その裏側です。トレンド2「AI-ready Infrastructure(データ整備・インフラ)」— 消費者が会話で買う時代に、売る側の企業は何を準備しておくべきかを整理します。
- NRF APAC 2026 のトレンド2はデータ整備。「次の顧客はエージェント」— AI に選ばれる備えがほぼ全セッションの主題になった
- 対策は SEO から ACO へ。見つけられ、答えになり、信頼され、買ってもらう、の4層で整理する
- 共通規格 UCP には Amazon など5社が新たに参画。無印良品は商品マスター整備を発表。備えは実装段階に

新卒でヤフーに入社し、ヤフーショッピングの事業開発などを担当。2017 年からはヤフーのスタートアップ投資部門(YJ キャピタル、現 Z Venture Capital)へ。コマース領域の投資に従事する。2022 年、日本で唯一のコマース領域特化型 VC・New Commerce Ventures を創業。本ラボを運営する STRACT の株主でもある。
「あなたの次の顧客はエージェント」
トレンド1と2は表裏の関係にあります。まず、トレンド2の位置づけから聞きました。
トレンドの第1回はエージェンティックコマース、どちらかというと消費者の購買体験がどう変わっていくかというテーマでした。それに対して、事業会社側がどう対応していくのか。エージェンティックコマースに準備ができているインフラを作っていきましょう、というのがこの AI-ready Infrastructure です。
ユーザー側がそういう体験を求めていたとしても、事業者側にそれができる仕組みがなければ始まらない、というところですね。インターネットで物を売るなら SEO と言われてきましたが、また AI に向けた対策が必要になるということですか。
おっしゃる通りで、「AI が購買を実行するには、企業のデータと業務も AI-ready でなければならない」というパンチラインがありました。もう1つが「あなたの次の顧客はエージェントである」。人が買い物をしてくれるのではなく、エージェントに見つけてもらわないと、そもそも商品が候補に出てこないということです。
ここが大きい転換点ですよね。人に対する接客ではなくて、AI に対して接客する、AI に選んでもらう。何をしたらいいかさっぱり分からなそうなので、ぜひ解説をお願いします。
「次の顧客はエージェント」という言葉は誇張ではありません。第1回で触れた通り、ChatGPT のような対話 AI は 10 億人規模の利用者を抱え、買い物の入り口になり始めています。その入り口の向こう側で商品を選別するのは、人ではなく AI です。
合言葉は「データ整備、質・量ともに」
では、何から手を付けるべきなのでしょうか。現地のセッションには共通の答えがあったと大久保氏は言います。
セッションの中で語られていたのが、「The Playbook for AI Commerce(AI コマースの教本)」という表現です。一言で言うと「データ整備をしっかりしましょう、質・量ともに」。これをいろいろな切り口で語られていて、ほぼすべてのセッションの共通項だったと思います。
商品名や商品画像など既にあるものに加えて、チャット形式になるので QA 形式のコンテンツやユースケースをより詳細に記述する。価格や在庫の情報が間違っていると機械側がエラーになってしまうので、当たり前の情報を当たり前に正しくしていく。その上で、今までは必要なかったかもしれない詳細なコンテンツを充実させていきましょう、というところです。
AI 向けの対策というのは、スペックデータのような正しさだけじゃなくて、ユースケースや FAQ のようなストーリーが重要になってくるということですかね。
このプレイブックを掲げたセッションでは、具体策が6項目に整理されていました。
- 商品ページと購入導線が新しい玄関エージェントはトップページを経由せず商品ページに直行する。最速・最軽量のページと、API(システム同士の接続口)や埋め込み型の購入導線を用意する
- 機械向けの品揃え構造化したデータ付きの「すぐ買える」商品グループやセット提案で、エージェントの回遊を省略させる
- サイト構造がエージェントのインフラ意味の通る HTML と構造化メタデータ。JavaScript 頼みの画面はエージェントの操作を妨げる
- コマースプロトコルへの対応OpenAI の ACP(Agentic Commerce Protocol)、Google の UCP など。いま決まりつつある規格が今後 10 年のコマースを形づくる
- 商品カードで勝つエージェント経由の取引の 9 割超は最初の提案で決まる。AI が同じ商品を1つにまとめる際の形式に合わせて、商品名・属性を整える
- 在庫・価格のリアルタイム公開エージェントは機械可読な在庫・配送見込み・販促情報を求める。静的なデータは「守れない約束」を生む
要するに、機械がそのまま読めて、そのまま買える状態にするための6項目です。この「AI に読ませる商品データ」を、従来の商品データベースと比べたのが次の図です。
Google のセッションも同じ方向を指していました。商品検索・ショッピング領域を統括する Ashish Gupta 氏は、エージェンティックコマースが 2030 年までに世界の小売収益のうち3〜5兆ドルを占めるというマッキンゼーの予測を紹介しました。
その上での結論が「対策の答えはシンプルです。基本を正しく押さえること」。基本とは商品フィードの強化とファーストパーティデータの活用、つまりデータ整備です。
SEO から ACO へ — 4つの最適化
データ整備の先に、対策の全体像を示す整理があります。大久保氏が「個人的に好きだ」と挙げたセッションの言葉です。
ACO という概念を紹介するセッションがあって、「SEO は見つけられ、AEO は答えになり、GEO は信頼され、そして ACO は実際に買ってもらうためのものだ」という整理をしていました。
SEO は見つけてもらう。AEO はチャットの QA を想定した「答えになる」ための最適化。GEO は「信頼される」ための最適化で、口コミや雑誌への掲載といった第三者からの言及が上位表示に重要だという分析です。そして最後が、しっかり買える状態にするという守備的な意味合いの ACO です。
用語を補足します。AEO(Answer Engine Optimization)は、AI の回答に採用されるための最適化です。
GEO(Generative Engine Optimization)は生成 AI に信頼され、引用されるための最適化。ACO(Agentic Commerce Optimization)は、エージェントが購買まで完了できる状態を作ることを指します。
分解すると確かにこう分けられますね。SEO は分かりやすいですけど、ACO になってくると、決済がちゃんとできるか、ミスなく摩擦なくできるか。その辺は新しいプロトコルを実装していかなければいけないということで、かなり奥が深そうな領域ですね。
攻めの SEO・GEO がある一方で、機械同士が勝手に買い物していく時代になると、それがトランザクションとして確実に成り立つという守備側の重要性が高まってきます。エラーが許されない、ということです。
この整理を示したのは、AI チャットの会話面に広告を届ける基盤を手がける Thrad 社の Roger Dunn 氏です。セッションでは裏付けの数字も示されました。AI への問いかけは平均 60 語と検索キーワードよりはるかに具体的で購入意欲が高く、LLM(大規模言語モデル)経由の流入はコンバージョン率 11.4% に達するとされます。
同氏はもう1つ、事業者側の強みも指摘しています。LLM は過去のデータで動くのに対し、小売はリアルタイムの在庫と価格という「真実」を持つ。これこそが AI 時代の小売の交渉材料になるという見立てです。
UCP に Amazon が来た — プロトコルの主導権争い
4層の最後 ACO を支えるのが、エージェントと店舗のシステムをつなぐ共通規格(プロトコル)です。第1回でも触れた UCP(Universal Commerce Protocol — Google・Shopify 主導)を、今回は事業者目線で見ます。
このプロトコルというのが、普通の事業者からすると何だ、となりますよね。プロトコルは誰かのものではなくて、交通規制のためのルールというか。
まさに。Google が決めるというよりも、Google が中心となって、HTTP や HTML のような規格として世の中に作りましょうと言っているものです。
1月と6月の間の大きな差分で言うと、Amazon がここに参画したことです。もともと Google や Shopify が中心にやっていこうというところだったのに対して、Amazon や Meta など他の大手コマース関連企業も参画した。UCP 周りの情報をキャッチアップして対策を練っていくことの重要性は、より高まったと思います。
事実関係を整理します。4月24日の発表で、Amazon・Meta・Microsoft・Salesforce・Stripe の5社が UCP の技術評議会(Tech Council)に加わりました。創設メンバーの Google・Shopify・Etsy・Target・Wayfair と合わせ、規格を策定する中核は 10 社になっています。
Google 自身も実装を進めています。5月の開発者会議 Google I/O では、検索・Gemini・YouTube・Gmail を横断する買い物カート「Universal Cart」を発表しました。
複数の EC サイトの商品を1つのカートにまとめ、UCP 対応の店舗ならそのまま決済まで進めます。規格の対象も物販にとどまらず、飲食の宅配や旅行・宿泊へ広がり始めています。
インターネットの歴史はプロトコル戦争で、いろんな派閥がありましたけど、統一されるのが結局一番の正義なんですよね。Amazon が入ってきたのは、黙っていられないからだと思います。Google の好きなようにさせたくない。策定に関わらないと、どんどん Amazon に不利な規格になっていくことも考えられる。そういう意味では、Amazon も入ってきて、ようやくフェアな UCP の定義が進みそうだなと思っています。
一方で現在地としては、キーワードやトレンドとしては非常に注目されているものの、トランザクションベースで「チャットからそのまま買っている」量はまだ多くありません。まさに社会実装フェーズのただ中、グローバルですらそういうタイミングだと思います。
みんなで足並みを揃えてやっていきましょうと言いかけている段階で、まだ物も生まれていないし、人も買っていない。僕らスタートアップとしては、その時間差をうまく利用して、ユーザーさんに先にその世界を見せたい。事業者さんも工夫すれば、自分たちで好きなことができる余地がある時期だと思います。
日本企業の現在地 — 自社を磨くEC大手、土台を作る無印良品
日本の事業者はどう動いているのでしょうか。
大手企業は、汎用エージェントへの対策と自社の AI エージェント機能の強化のどちらかというと、後者を強化している印象が強いです。前職のヤフーもそうですし、楽天さんもそうです。彼ら自身がユーザーのデータを保有している中で、ショッピングに加えてトラベルや美容、飲食といったサービスで、ユーザー理解を元にした提案、お買い物のパーソナライズをしていく方向です。
楽天が楽天市場のアプリに AI 機能を統合し、接客 AI「AI店長」を開発する動きは本ラボの分析記事で扱った通りです。国内の EC プラットフォーム大手は、まず自社の閉じた経済圏の中で AI 接客を磨いています。
一方、NRF APAC の壇上では、日本企業がデータ整備そのものを語っていました。登壇者リストには資生堂や良品計画(無印良品)の名前が並びます。
無印良品の取り組みは、どんな内容だったんですか。
無印良品さんはまさに、商品データをしっかり拡充していきましょうという文脈でした。グローバルで展開していて、EC と店舗の両方がある。そこのデータ整備ができていないと AI に見つけてもらえない、というところで、商品マスターを含めた整備についてのセッションでした。大手企業も今から準備をしていく必要があり、ベンダー企業と連携しながら整備していく重要性が語られていました。
セッションにあった MDM の導入というのも、商品データを全部中央管理しようということですよね。
MDM(Master Data Management — 商品などの基幹データを一元管理する仕組み)です。良品計画はデータ管理企業 Stibo Systems の MDM を全製品データの「信頼できる唯一の情報源」に据えたと登壇で説明しました。グローバル標準品と地域開発品の両立がデータのサイロ化を招いていた反省からです。
印象的だったのは、どの事業会社も、テクノロジーの壁よりは組織の壁のほうが大きいというところです。商品データを整備したほうがいいというのは、エージェンティックコマースとは関係なく昔からのテーマです。それをどうやって組織としてやっていくのかが非常に難儀であり、重要なんだなと。
何もかも変わりますからね。いきなりワークフローを変えるのは、組織が大きいほど難しい。DX もまともにできていない会社だと、AI と言われても「もっと無理だ」という感じになりそうですよね。
店舗の裏側も AI-ready に — ワークフローの自動化
データ整備と並ぶもう1つの軸が、業務(ワークフロー)側の AI 活用です。
第1回で、エージェンティックコマースには消費者サイドとワークフローサイドの2つがあるという話をしましたが、ワークフローサイドの話も多かったです。現地の家具の会社では、「家具はいつ届きますか」という問い合わせに対して、家具は大きいのでエリアをまたいだ配送が難しく、カスタマーサポート間の社内連携に苦労していた。そこにワークフローの自動化を入れています。
家具のような高単価商品は、予約してお店に来ていただくことも多いようです。予約をもとにした業務サポートで、入社初日の従業員でも顧客情報をもとにリッチな接客をできるようにする。家具に限らずラグジュアリー系の会社も、個別カスタマイズの接客を過去の購買情報から誰でもできるようにする、そういうワークフロー上の AI 活用がいろいろな形で語られていました。
登壇事例で言えば、シンガポールの家具企業 Scanteak が具体的です。問い合わせ対応をめぐる部門間の連携不全という現場の問題を起点に、AI エージェント「Aiden」を導入。24 時間対応で苦情を 50〜60% 減らし、運営コストを 20% 削減したと説明しています。
ラグジュアリーでは Gucci などを擁する Kering が、店舗スタッフ向けアプリ「Luce」を Apple と共同開発しました。在庫状況と顧客の購買履歴をリアルタイムに提示する接客支援で、平均注文額を 15〜20% 高めたとされます(いずれも対談資料による)。
オフラインは結局、人間が関わってくる。最後の接点は意外に人間のままで、むしろそこで差別化していく時代になりそうですね。
まさに次のトレンドの話がそこなので、次回、深掘りさせていただければと思います。
技術的含意: データ整備の宿題に「締切」ができた
対談を踏まえた本ラボの整理です。
第一に、AI-ready の中身は特別な新技術ではありません。プレイブックの6項目も無印良品の MDM も、突き詰めれば「正確で構造化された商品データを、機械が読める形で公開する」という古くからの宿題です。
変わったのは、放置した場合の帰結です。これまでは検索順位が下がるだけでした。これからはエージェントの推薦候補から漏れ、取引の場に存在しなくなります。宿題に締切ができた、と言えます。
第二に、SEO・AEO・GEO・ACO の4層は投資の優先順位づけに使えます。SEO と AEO(QA・ユースケースの拡充)は、日本の事業者が今日から着手でき、既存の検索流入にも効きます。
GEO は第三者からの言及という、自社だけでは完結しない領域です。ACO は UCP など規格側の成熟を待つ領域で、継続的な追跡が要ります。本ラボは規格側の動きを引き続き記録します。
第三に、これは IT 調達ではなく組織の問題です。無印良品の事例が示す通り、商品データの一元化は部門をまたぐ業務の変更を伴います。楽天の AI店長の分析で「AI の応答の質は商品データの質が規定する」と書きましたが、その商品データの質は組織の合意形成が規定します。技術選定より先に、誰がデータの持ち主かを決めることが出発点になります。
次回のトレンド3は「Human Premium Store」。テクノロジーが進むほど問われる店舗と人の価値を、引き続き大久保氏と読み解きます。
ビデオポッドキャストVIDEO PODCAST — EP.003 / 14:39
全記事で収録し、各チャネル向けに編集して展開しています(編集方針)
対談でも話した通り、グローバルですら「みんなで足並みを揃えよう」と言いかけている段階です。物もまだ生まれていないし、人も買っていない。僕らスタートアップにとってはこの時間差こそが機会で、ユーザーさんに先にその世界を見せたいと本気で思っています。
「何をしたらいいか分からない」と言って始めた回でしたが、SEO から ACO への4層で見通しがよくなりました。次回は店舗と人。テクノロジーの話が続いた後の、いちばん人間らしい回になります。
NRF Retail's Big Show APAC (NRF 公式サイト)nrfbigshowapac.nrf.com
NRF 2026 APAC Speakers (NRF 公式サイト)nrfbigshowapac.nrf.com
4 essential takeaways from NRF 2026: Retail's Big Show Asia Pacific (NRF 公式ブログ)nrf.com
Universal Commerce Protocol (公式サイト)ucp.dev
Amazon, Meta, Microsoft, Salesforce, and Stripe Join the Universal Commerce Protocol Tech Council (プレスリリース)newsfilecorp.com
Google Shopping introduces Universal Cart, agentic shopping (Google 公式ブログ)blog.google
Stripe's 2025 annual letter (Stripe)stripe.com
Thrad Names Roger Dunn CCO as FMCG Brands Eye AI Conversation Advertising (ExchangeWire)exchangewire.com
New Commerce Ventures (公式サイト)newcommerce.ventures

生粋の Web プログラマ(TypeScript)。Agentic Commerce ドメインの担当として本ラボの技術企画を統括し、基準点コンテンツと速報を担当する。
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