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AGENTIC COMMERCE LAB — エージェンティックコマースラボ
時事・分析2026.08.19 公開

消費者接点は会話へ — NRF APAC 2026 Agentic Commerce 編

世界最大級のリテールイベント NRF の APAC 版が6月、シンガポールで開催された。現地参加したコマース特化 VC・New Commerce Ventures を迎えた対談連載の第1回は、消費者接点を会話に変えるエージェンティックコマースを読み解く。

伊藤 輝伊藤 輝株式会社 STRACT / 代表取締役社長・プロダクト責任者XB!f
時事・分析写真: 本ラボ収録 / ロゴ: NRFビデオ解説あり

世界最大級のリテールイベント NRF の APAC 版が6月2日から4日、シンガポールで開催されました。正式名は「NRF 2026: Retail's Big Show Asia Pacific」。60 か国から 8,500 人が登録しました。

会場の議論の中心にあったのが、エージェンティックコマース(Agentic Commerce — AI エージェントが買い物を支援・代行する仕組み)でした。

本ラボは、現地に参加したコマース領域特化型ベンチャーキャピタル(VC)・New Commerce Ventures の大久保洸平氏を迎えて対談を収録しました。聞き手は本ラボ編集責任者の伊藤です。大久保氏が現地で見たトレンドは5つ。本連載で1つずつ読み解きます。

第1回のテーマはエージェンティックコマースです。消費者との接点が検索窓や EC サイトから「AI との会話」へ移るという変化を、コマースだけを見続ける投資家の目線で整理します。

3行まとめTL;DR
  1. NRF APAC 2026 の主役はエージェンティックコマース。消費者接点が検索窓から AI との会話へ移り始めた
  2. Stripe の5段階整理では現在は Level 1〜2 の間。ロジックで買える商材から浸透し、こだわり領域は相談型で進む
  3. ビッグテックは外部エージェント対応と自社サイトの会話 UI の両面展開。Macy's は会話 AI を4週間で実装した
対談ゲストGUEST
大久保 洸平
大久保 洸平 Kohei Okubo
New Commerce Ventures 代表パートナー

新卒でヤフーに入社し、ヤフーショッピングの事業開発などを担当。2017 年からはヤフーのスタートアップ投資部門(YJ キャピタル、現 Z Venture Capital)へ。コマース領域の投資に従事する。2022 年、日本で唯一のコマース領域特化型 VC・New Commerce Ventures を創業。本ラボを運営する STRACT の株主でもある。

世界最大級のリテールイベント「NRF」とは

NRF は全米小売業協会(National Retail Federation)の略称で、同協会が主催するリテールテックの祭典もこの名で呼ばれます。本会は毎年1月にニューヨークで開かれ、「Retail's Big Show」の名で知られます。

大久保

1月のニューヨークが一番大きくて、グローバル版として APAC はシンガポール、ヨーロッパはパリで開かれています。ニューヨークは参加者4万人規模。Google や Amazon のようなテック企業も、Walmart や Target のような小売も、LVMH やラルフ ローレンのようなブランドも登壇します。

年に1回集まって「今年の注目トレンドは何か」をみんなが発表し合う。そういうイベントです。登壇者も CEO・CFO などの経営幹部(CXO)クラスが中心で、経営層がどこに注目しているかをディスカッションする場になっています。

エージェンティックコマースの震源地でもあります。2026年1月11日の NRF では、Google のスンダー・ピチャイ CEO が商取引の共通規格 UCP(Universal Commerce Protocol) を発表しました。Walmart や Shopify などとともに開発するオープンな規格で、本ラボも継続的に追っています。

今回の舞台はその APAC 版です。6月2日から4日にマリーナ ベイ サンズで開かれた第3回は、NRF の公式サイトによれば 60 か国から 8,500 人が登録し、出展・協賛は 260 を超えました。

現地で見えた5つのトレンド

大久保氏の整理する5つのトレンドがこちらです。本連載はこの順に取り上げます。

NRF APAC 2026 — 大久保氏が挙げる5つのトレンド
  • Trend 1エージェンティックコマース — Agentic Commerce(今回)消費者接点が検索窓・EC サイトから会話型・自律型の AI へ移る
  • Trend 2データ整備・インフラ — AI-ready Infrastructure商品・在庫・業務のデータを AI が扱える状態に整える
  • Trend 3リアルの価値・人の価値 — Human Premium Store店舗の目的地化とテクノロジーが進むほど問われる人の役割
  • Trend 4文化・IP — Culture & IP Commerce文化・IP・コミュニティが需要と「買う理由」を作る
  • Trend 5マネタイズの多様化 — Commerce Media & Monetization接点・データ・体験を収益化する新しいビジネスモデル
出典: New Commerce Ventures 対談資料(NRF APAC 2026 視察報告)

このうちトレンド1と2はどちらもエージェンティックコマース関連です。New Commerce Ventures がキーノートで語られたキーワードを分析したところ、AI 活用とエージェンティックコマースが上位に並んだと大久保氏は言います。もはや外せない主題になっているということです。

消費者接点は検索窓から会話へ

では、トレンド1の中身に入ります。そもそもエージェンティックコマースとは何を指すのでしょうか。

大久保

よく言われるのは、消費者接点が検索窓や EC サイトから「AI エージェントとの会話」に移る、という文脈です。NRF の中では大きく2つの塊で語られていました。1つは消費者接点のあり方が変わるという話。もう1つは業務オペレーション自体を AI で自動化していく、「AI と働く」という話です。

トレンド1で取り上げるのは前者、消費者向き合いのほうです。単純化すると、チャット上からそのままシームレスに決済までできる。それが一番イメージしやすいエージェンティックコマースだと思います。

伊藤

ChatGPT はこれだけ普及しているので、「このまま買い物ができる」体験は誰にとってもイメージしやすいですよね。

大久保

リテールの歴史を見ても、人がいるところに購買が起こります。10 億人単位が使う場所があること自体が、何かしらの購買につながっていく。だから各社にとって無視できないテーマになっているのだと思います。

日本の消費者はどこまで来ているのでしょうか。マーケティング支援会社のエクスクリエが5月に公表した「日常生活・買い物における生成 AI 活用実態調査」に手がかりがあります。買い物で生成 AI を活用した人のうち 61.3% が、生成 AI で調べたり、すすめられたりした商品・サービスを実際に購入・利用したと答えました。

AI に相談して選んだものを実際に買う流れはすでに生まれている一方、「チャットの中で買い切る」体験はまだ普及していません。両者の間にあるのが、これから語る段階論です。

「お任せ」には5段階ある — Stripe の整理

大久保氏はエージェンティックコマースという言葉に2つの要素が含まれると整理します。

大久保

1つは委託・自律性、つまり「お任せ」という、日本語のエージェント(代理人)からイメージしやすい概念です。もう1つは、記憶を持ち文脈を理解してくれることによる「コンシェルジュ」の概念。この2つがエージェンティックコマースという言葉に包含されていると思っています。

この「お任せ」が深まっていく道筋を描いたのが、決済インフラ大手 Stripe が毎年公表する事業レポート、2025年版の年次書簡で示した5段階のレベル分けです。

エージェンティックコマースの5段階(Stripe の整理)
Level 1 効率化 — 入力の代行支払い・配送情報を自動入力。意思決定はせず入力作業に特化(「この URL の商品を買って」)
Level 2 文脈 — 状況・目的で探す商品名ではなく状況で検索し、天候・好み・レビューを総合判断(「シカゴの小3向け学用品。K ポップ好き」)
Level 3 記憶 — 好みを覚える過去の対話・購入履歴から好みを記憶し、繰り返しの説明が不要になる
Level 4 委任 — 「買っておいて」予算を設定すれば検索から購入まで全自動(「予算 400 ドルで新学期の買い物を全部済ませて」)
Level 5 提案 — 頼む前に届くスケジュールや嗜好を先読みし、具体的な指示がなくても事前に購入・通知する
※ 現在の業界の到達点は Level 1 と 2 の間(Stripe の年次書簡での自己評価)
出典: Stripe Annual Letter 2025 / 日本語の段階名と例は New Commerce Ventures 対談資料に基づく / ロゴ: Stripe 公式
大久保

効率化から始まって、文脈、記憶、委任、そして最後は自ら提案してくれる。Stripe はこの5段階を示した上で、現状を Level 1 と 2 の間、つまり効率化から文脈理解へ進む途中と評価しています。半年前の整理なので、今はもう少し進んでいるかもしれません。

伊藤

だんだんドラえもんに向かっているわけですね。まず効率的な情報収集や文脈を捉えた回答から始まって、いずれ「代わりにやっておいてくれる」という実行・委任に進んでいくイメージです。

どの商材から変わるのか

5段階の上のほう、つまり「委任」まで到達する時間軸は商材によって大きく変わるというのが大久保氏の見立てです。

大久保

一番相性がいいのは、ロジックで意思決定できる買い物です。結果重視で、サブスクとも相性がいいような消耗品。B2B の領域も理屈で購買しやすいので、各社のレポートを見ても、人手を介さずシステム同士で実行するプログラム的な決済は B2B から先に発生しています。買って後悔しても痛くない低単価の商材も、自律性との相性がいいと思います。

伊藤

こだわりがなくて「何でもいいから早くやってほしい」「面倒だ」というものは、ユーザーとしてもとりあえず自動化してみようとなりますよね。

大久保

たとえば「毎月 3,000 円以下で重めの赤ワインを買っておいて」という指示です。去年これを飲んだという記憶や、こういう食事が多いという文脈を踏まえて、予算内でいい感じに探して買ってくれる。自律性とコンシェルジュ機能を併せ持った、イメージしやすい形だと思います。

逆に、ファッションや車のようにこだわりが強い分野、買い物のプロセス自体が楽しい分野は、いきなり「お任せ」にはなりません。そこは自律性ではなくコンシェルジュ型で入っていく。不動産や保険のような高単価の商材も、家族構成や収入を理解した上で相談しながら選ぶ形が合っています。

つまり「AI が買い物を全部やる時代が来るか」という問いの立て方ではなく、商材ごとに「委任型(お任せ)」と「相談型(コンシェルジュ)」のどちらで AI が入り込むかを見る。これが実務的な整理になります。

「氷から雪へ」 — AI が変える買う理由

会話型の接点には、検索窓にはなかった強みがあります。選んだ理由を語れることです。

伊藤

AI は「これを選んだ理由」をすごく上手に説明してくれますよね。納得感が出ると思います。

大久保

その文脈で NRF のセッション「From SEO to ACO」で語られていたのが「氷から雪の解像度になった」という表現です。氷はどれも同じに見えますが、雪の結晶は一つひとつ形が違うと言われますよね。それぐらいの解像度で AI がユーザーを理解できるようになった、という意味です。

「あなたにとってはこれだ」というストーリーテリングの納得感は非常に高まっています。実際、AI 経由の流入のほうがコンバージョン率が高いというデータも紹介されていました。ユーザー体験として大きく変わっていく部分だと思います。

伊藤

人は内心、買う理由を探していますよね。論拠を添えて教えてくれたら「いいね」と思いやすい。店員さんが背中を押してくれる、あの機能が AI になっていくのだと思います。

なお、売り手側が「買う理由」をどう作るかというストーリーテリングの論点は、トレンド4で改めて扱います。

数字の裏付けも出始めています。米百貨店大手 Macy's の会話型 AI では、ベータテストの初期データで、利用した顧客の訪問あたり売上が約 4.75 倍だったと Google Cloud が公表しています。

ビッグテックは「外」と「内」の両面で動く

では、プラットフォーム各社は具体的に何を出しているのでしょうか。大久保氏は1月のニューヨークと6月のシンガポールを比べ、議論が「両面」に広がったと指摘します。

大久保

1月の時点では、主なトークテーマは ChatGPT のような汎用エージェントと、ブランドやメーカーのサイトをつなぐ共通規格、プロトコルのレイヤーでした。会話の中で「買いたい」となっても、裏側でデータがつながっていないと、価格や在庫が正しいのか、そのまま決済できるのかが担保できません。自律性を実現する上での障壁になるので、そこを整備しようという話です。

6月に変わったと感じたのは、外部集客だけでなく「自社サイト側も会話型の画面(UI)に対応しよう」というテーマが加わったことです。

汎用エージェントとブランドエージェントをつなぐ「プロトコル」
汎用エージェント — LLM 各社の対話型 AI幅広い質問やタスクに対応する汎用の会話接点。10 億人規模のユーザーを抱える
プロトコル — エージェント同士の共通規格商品・価格・在庫・決済のデータをつなぎ、会話の中の「買いたい」をそのまま購買にする
ブランドエージェント — 各社専用の AI 接客チャット商品の提案や購入前後の質問に対応する。自社の顧客・商品データを持つ
※ 規格の代表が UCP と ACP(Agentic Commerce Protocol — OpenAI・Stripe 主導)。ロゴは対談資料で例示された主なサービス(ほかに Meta AI・Ralph Lauren など)
出典: New Commerce Ventures 対談資料を基に本ラボ作成 / ロゴ: 各社公式サイト

外に向けた対応の代表が、1月に発表された UCP です。前述の「10 億人単位が使う場所」からの集客をどう受け止めるかという文脈で、引き続き注目されています。

内に向けた対応は、この半年で実例が急速に増えました。

  • Amazon買い物 AI「Rufus」の商品知識と音声アシスタント「Alexa+」のパーソナライズ機能を統合した Alexa for Shopping を発表。会話しながら商品検索から購入までを進められる
  • Google自社サイトに会話型の買い物体験を組み込む Gemini Enterprise for Customer Experience を1月の NRF で発表。Macy's はこれを使った会話 AI「Ask Macy's」をわずか4週間で構築した
  • 楽天楽天市場のアプリに AI 機能を統合し、接客 AI「AI店長」の開発も発表。詳細は本ラボの分析記事を参照
事業者の AI 対応は「外」と「内」の両面に
外 — 汎用エージェントへの対応ChatGPT・Gemini など 10 億人規模の接点から自社への導線を作る。共通規格(UCP など)で価格・在庫・決済のデータをつなぐ
内 — 自社サイトの会話型 UIサイトに来たユーザーに会話型の買い物体験を提供する。Alexa for Shopping / Gemini Enterprise for CX / 楽天市場の AI 機能
※ 1月の NRF は「外」の議論が中心で、6月の APAC で「内」が加わった(大久保氏の整理)
出典: 対談内容と各社公式発表を基に本ラボ作成 / ロゴ: 各社公式サイト
伊藤

この「外」と「内」、2つの側面の対応がいま各事業者に求められているということですね。

大久保

「やらなければいけないか」で言うと、やらなければいけないというコンセンサスはあると思います。ただ、やり方やタイミング、どれぐらい事業インパクトがあるのかは、まだ各社とも様子見の段階です。始まったばかりですね。

投資家はどこに賭けるのか

最後に、投資家としての視点を聞きました。スタートアップが参入している領域を、大久保氏は4つに分類します。

大久保

1つ目は消費者接点を持つカテゴリー。2つ目はブランドや EC 事業者側のエージェントを良くしていくカテゴリー。3つ目はその2つをつなぐ領域で、UCP に代表されるプロトコルや商品データベースの整備です。4つ目が決済などのインフラのレイヤーで、ここは日本ではまだあまり聞きません。

日本で言うと、もともと事業をやっていた会社がエージェンティックコマースに対応する動きはありますが、AI を前提に事業を立ち上げる、AI ネイティブな意味でこのタイミングに創業する人はまだ多くない。いてほしいんですけどね。仲間を募集しております。

なお、本ラボを運営する STRACT は1つ目の「消費者接点」のカテゴリーで事業を展開しており、New Commerce Ventures はその株主です。この領域の詳細な分析は、利害関係の開示とあわせて別の回で扱います。

技術的含意: 「会話への対応」は2正面の準備になる

対談を踏まえた本ラボの整理です。事業者にとってエージェンティックコマースへの対応は、2正面の準備を意味します。

1つは「外」への対応です。汎用エージェントに自社の商品を正しく見つけさせ、価格・在庫・決済をつなぐこと。ここでは UCP のような共通規格と、AI に読まれる商品データの整備が鍵になります。

楽天の AI店長の分析でも述べた通り、AI の応答の質は商品データの質が規定するからです。この構図は、ChatGPT のような外部の汎用エージェントに対しても同じです。

もう1つは「内」への対応です。自社サイトの会話型 UI は、Macy's の例のように既存の基盤サービスを使えば数週間で立ち上がる段階に入りました。どちらの正面でも、共通して問われるのは自社の商品情報がどれだけ構造化され、文脈を語れる状態にあるかです。

この「データ整備」こそが、次回のトレンド2の主題です。エージェント時代のインフラをどう備えるか、引き続き大久保氏と読み解きます。

ビデオポッドキャストVIDEO PODCAST — EP.002 / 24:15

全記事で収録し、各チャネル向けに編集して展開しています(編集方針)

執筆後記WRITER'S NOTE
伊藤 輝

購買の入り口が会話に移るなら、その先の決済や配送まで一気に変わる — 対談で私が話したこの見立ては、STRACT の事業仮説そのものでもあります。だからこそ立場を開示した上で、この分野の動きを偏りなく記録していきます。

大久保さんとの対談はあと4回続きます。次回のデータ整備の話は、EC 運営者の実務に一番近い回になるはずです。

伊藤 輝 — 全記事に執筆後記を掲載しています(編集方針)
出典・参照SOURCES
伊藤 輝
伊藤 輝 Hikaru Ito
株式会社 STRACT / 代表取締役社長・プロダクト責任者

生粋の Web プログラマ(TypeScript)。Agentic Commerce ドメインの担当として本ラボの技術企画を統括し、基準点コンテンツと速報を担当する。

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